布一途散歩道

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2003年7月〜2004年3月

アザミ 15/7/20
アザミのとげは、馬や牛に食べられないように、身を守るためと言われていますが、本当でしょうか?
これから晩秋まで、長く散歩道のあちこちでひっそりと、そしてたくましく咲き続け、私を和ませてくれる、お気に入りの草花です。
ゴウヤ 15/8/19
去年散歩道で見つけた可愛い花が、
ここ数年スーパーでポピュラーに
見かけるようになった、あのゴーヤと
判ったのは、実がなった秋口の事です。全国の小学校で栽培観察日記が沢山行われ、今やひそかなブームとなっているようです。

蓮畑 15/9/6
買い物コースの蓮畑。レンコンが蓮の根である事さえ、忘れてしまいそうな貴重な風景となりました。蓮畑を見るたびに、なぜか芥川龍之介の「蜘蛛の糸」にでてくるお釈迦様と陀多(かんだた)の情景を思い浮かべます。しかし今この蓮池だけは、人影も無く、花と葉がゆったりと風にそよぐばかりです。
紫式部 15/9/12
夏に咲いた花が、秋を待ち焦がれたかのように今、緑がかった白い実から鮮やかな紫色に少しずつ、その姿を変えようとしています。季節の変わり目ならではのつかの間の姿です。美しい紫の実を才媛の紫式部にちなんでつけられたと言う「紫式部」残暑も終わり、秋はすぐそこまで
コスモス 15/9/28
「センス・オブ・ワンダー」
=神秘さや不思議さに目をみはる感性
大人になるにつれて忘れてしまった澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直観力を今とても大切に思っています。
<参考文献>佑学社
The Sense of Wonder
レイチェル・カーソン訳=上遠恵子
ススキ 15/10/10



「センス・オブ・ワンダー」
=神秘さや不思議さに目をみはる感性
そば畑 15/10/16
休耕田を活用したそば畑の白い可憐な花が満開でした。9月に植えられたものだそうです。そばの花をわざわざ見に行く事はないだけに、とても得をした気分でした。

遠景にかやぶきの民家を望みながら

渓流 15/10/23
人影の無い川沿いの岩陰に佇むと、沢蟹が顔を見せてくれました。川面にはカモが2羽、波に身をまかせてゆらゆら揺れています。又名も知らぬ草花はしっとりと露を含んで咲き乱れています。散歩道の自然はいつも新鮮な安らぎを与えてくれます。
京の夕焼け 15/10/31
京都アートクラフトギャラリーのイベントの帰り道、三条河原町新京極界隈の西空です。
広島県福山鞆港 15/11/18
常夜灯、雁木、波止等江戸時代の港の形状を今に伝える鞆港。橋を架け経済道路確保か、景観保存かの20年に及ぶ論争にこの9月終止符が打たれた。是非判断は難しいものの、保存に決まりとにかくよかった。
柿の葉 15/11/28
やがて冬の訪れとともに、土に還るわずかな時を惜しむように朝露を浴びて一枚の柿の葉が燃え盛っています。じっと見つめているとミクロの小宇宙へ入ってしまいそうです。
落日 15/12/5
忙しい染めの作業が終わるとベランダ越しに日が沈みます。つかの間のほっとするひと時です。
柿渋染めにとって、太陽は恵みをもたらしてくれる何より大切なものです。
雪景色 15/12/21
「木枯らし1号」が例年と比べて約二ヶ月遅れて観測された翌日、ここ北摂も辺り一面真っ白の雪景色となりました。しばらくは帽子、手袋、マフラーの3点セットが手放せません。
菜の花 16/1/14
熟して今にも落ちてしまいそうな遠景の柿に変わって、菜の花が早春を待ち焦がれるように咲いていました。
自然はいつも一足先に季節を感じさせてくれます。

枯野 16/2/1
野の草が枯れはてて、荒涼とした景色を見せています。春になると、きじのペアーが草の茂みから毎日元気な泣き声を、家の中まで聞かせてくれます。
そして時にはその雄姿を垣間見せてくれます。今は風音の他何も聞こえず、静かな枯野の世界が拡がるのみです。─春いまだ遠し─
梅の香り 16/2/23
冬枯れの公園にも、ほのかに梅の香りが、漂い始めました。
うぐいすが、枝から枝へリズミカルに動き始める季節がすぐそこまで来ています。
寒天干し 16/3/9
山間に囲まれた気候風土を利用して、かつて盛んだった寒天作りの天日干しも、現在はわずか一軒のみとなりました。
いつまでも残しておきたい大切な風物詩です。

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